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小杉焼とはどのような焼き物ですか。

カテゴリ 芸術文化   掲載日 2011年6月30日

ご質問 小杉焼とはどのような焼き物ですか。
回答  小杉焼は文化13年(1816)頃から明治30年頃までの約80年間、初代高畑与右衛門以来、4代にわたって射水市(旧小杉町)周辺で焼かれた、京焼系の相馬焼(福島県のやきもの)風の焼き物です。
 小杉焼の釉薬は銅青磁釉と飴釉による色合いが特徴です。特に「小杉青磁」と呼ばれる緑釉の一種は淡い緑色の発色をしており、緑釉の代表である織部釉とは一味違う落ち着いた色合いを呈しています。緑釉を施してロウによる窓抜の技法を施した瓢形の徳利などに、この釉が多く見られます。
 また、「鴨徳利」も小杉焼の代表として全国にその名が知られています。マガモの姿形を模したユニークな徳利で、前述の緑釉と飴釉を上手く掛け分けていますが、その基礎になっているのは、陶工の高度な轆轤の技です。その他、蝋燭を立てる燭台なども残っており、小杉焼は江戸時代の地方窯の優品として、全国にその名が知られています。

〜小杉焼の窯跡〜
 小杉焼の窯跡は、黒河二十石字箕輪(みのわ)、戸破(ひばり)、上野、茶屋町の4箇所です。そのうち、戸破窯は長期にわたって多くの生活雑器を生産しました。一般の生活雑器から酒を入れる徳利類、皿、茶壷、大壷、薬味入れ、燭台等を生産しましたが、明治末期になり時代の趨勢で生産は途絶えました。

〜復興小杉焼〜
 昭和になって文化人たちによる小杉焼復興運動が興ります。戦時経済統制会社の富山県陶磁器工業株式会社小杉分工場の工芸部門として片口窯が、また、横掘一之氏による横堀窯などが続きました。
 現代では、陶芸家池上栄一氏が「小杉焼栄一窯」として射水市手崎で制作活動を続けておられます。

〜小杉焼の4代陶工〜
・初代 高畑与右衛門
小杉町伊勢領の出身といわれる高畑八郎兵衛の弟。18歳のときに福島県相馬に行き十数年間窯業に従事した後富山に帰り、太閤山近くの箕輪山に窯を築いて製陶を始めたのが小杉焼の始まりです。藩から箕輪製陶所の免許と保護を受け、天保年間に至りその全盛期を迎えます。与右衛門は子供に恵まれず、天保9年(1838)、53歳で没する。
・二代 高畑与右衛門
高畑作次の弟である二代は初代にも劣らない名工で、小杉焼の釉薬調合の研究やにとどまらず、生産性も拡大させていきます。音吉、伝吉などの名工も育てるなど、小杉焼を大いに発展させましたが、文久2年、病にて没します。
・三代 陶山与右衛門
 三台は21歳の若さで亡くなっており、小杉焼といえる作品はほとんど残っていません。
・四代 陶山三十郎
 陶山三十郎は二代与右衛門の弟で、この家を継ぎ小杉焼の挽回を図りますが、瀬戸や有田といった産地の陶磁器が流通してくるようになり、明治21年、ついに廃業となって四代にわたる小杉焼は途絶えてしまいました。

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